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睡眠を科学する

NHKの生活時間調査による日本人の平均睡眠時間を見ると、1995年は7時間27分で2010年まで減少傾向が続き、その後は横ばいで2020年は7時間12分だった。コロナ禍での睡眠時間の変化はほとんどなかった。一方で厚生労働省の令和3年「簡易生命表」によると、2021年の日本人の平均寿命は男性が81.47歳で、女性が87.57歳。単純計算で、われわれは一生のうち、女性が26年、男性が24年、寝ていることになる。
睡眠は脳波（Electroencephalogram）によって定義でき、脳の活動が低下するノンレム睡眠と、体は動けないが、高いレベルで脳が活動しているレム睡眠がある。睡眠にはリズムがあり、ノンレム睡眠とレム睡眠が、約90分単位の繰り返しで成り立っている。地球の1日は24時間だが、人の体内時計の1日は約25時間周期といわれ、1日1時間ずつ後ろにズレていく。

研究「古代日本人はいつ寝ていたか（シテーガ・ブリギッテ著）」
令和３年簡易生命表の概況（厚生労働省）
NHK国民生活時間調査
「疲労とつきあう」（飯島裕一著／岩波書店刊）
「ディズニーの魔法」（有馬哲夫著／新潮社刊）

心身の疲労回復に欠かせない睡眠

ユダヤやイスラム圏では、「日の暮れ」が一日のはじまりとされるが、漢の時代、中国の日常生活では、明け方に鳴く鶏の声、「鶏鳴」が一日のはじまりとされた。日本でも「百人一首」の清少納言が詠んだ歌としてよく知られ、同様に「鶏鳴」が新しい日の到来を告げることが日常的に使われた。
平安時代の日本の人口は推定5百万人、内1パーセントは平安京に住んでいて、貴族はその10分の1の5千人前後とされる。当時の日本では、一日を12区分した単位を辰刻といい、それぞれに子、丑、寅、卯などの干支の名称をつけた「辰刻制度」が時刻を知る方法として採用されていたが、ほとんどの人は、はっきりした時刻を知ることができなかった。

「ラザロの復活」。イエスはマルタとマリアの兄弟であるラザロを墓から4日後に復活させた。群集が門から中をのぞき込む中、手前中央でラザロが墓から立ち上がっている。一時的な深い眠りからの復活とも思える。初期フランドル派の画家、アルベルト・ファン・アウワーテル作（1410年/1415年頃 - 1475年）。

「ラザロの復活」の別の絵画。眠りは昔から死と再生に密接に関わっているようだ。 1336年頃のサルキス・ピサックによる絵画。

ギリシャ神話上の眠りの神「ヒュプノス」。「催眠状態」を意味する英語の「hypnosis」の語源で、hypno(睡眠)とosis(状態)に由来する。

マルタで発見された、紀元前2500年頃の粘土で作られた眠っている女性像。「眠る貴婦人」と呼ばれており、腰まで裸で、カットラインとフリンジで飾られたスカートをはいている。この像が何を表しているのかについては、様々な論があり、死や亡くなった先祖、または眠っている女性や妊娠中の女性を表しているとも、また「儀式の睡眠」を表すとも推察されている。

明治～大正時代のものと思われる布団地。富士山、鷹、茄子、の模様があり寝具に「一冨士・二鷹・三なすび」が寝具に取り入れられているとは面白いものである。

日光東照宮の眠り猫。「猫が眠りにつくほど徳川の時代が平和であり、さらにその平和が未来永劫続くだろう。」との意味が込められているといわれている。

「獏（貘）：北斎画」。中国から日本に伝わった伝説の生物。中国の獏伝説では悪夢を食らう描写は存在せず、獏の毛皮を座布団や寝具に用いると疾病や悪気を避けるといわれ、獏の絵を描いて邪気を払う風習もあり、唐代には屏風に獏が描かれることもあった。こうした俗説が日本に伝わる際に、「悪夢を払う」が転じて「悪夢を食べる」と解釈されるようになったと考えられている。

アレクサンドル・カバネル作「ヴィーナスの誕生」（1863年）。オルセー美術館所蔵。誕生は眠りから起きてはじまるということを想像させるシーンだ。

「異端者のフォーク」首にくくりつける拷問具である。疲れから頭を下ろした瞬間に、尖った部分がのどや胸を突き刺して激しい痛みを引き起こす。このとても単純な構造の拷問具が、人々を長時間、睡眠することを妨げるのである。

「睡眠防止システム」。1924 年のハンガリーの雑誌に掲載されたアートワーク。男性が夜遅くまで働くことを可能にする電気的睡眠防止システムを示している。眠ることは人間にとって非常に重要なことであるが、眠りにも代えがたいこともあるというのを示しているのだろうか。男は電話システムに向かって話し、一枚の紙から読んでいます。彼の椅子は、おそらく静電気のような青い光に照らされた台の上にあり、彼を囲む金属製のコイルと静電気のような青い光に照らされた床が特徴的だ。

ギリシア神話では、眠りの神ソムアヌが豊穣の神デメテルを眠りにつかせるために作った花がポピーとされている。このギリシア神話が花言葉「眠り」の由来である。また、ポピーを含むケシ属には睡眠作用があるとされていることも、花言葉の由来になっている。

1910 年頃の日本。昔から蚊帳という独特の道具を用いて安眠を確保している。蚊が入ってこれないということと囲まれた空間により落ち着く効果もあるのかもしれない。

極度のストレス環境下におかれる米軍の兵士は、「米軍式入眠法」をトレーニングで身につける。「体のリラックス」と「思考の停止」をポイントに、120秒で入眠できるという。

「ヒツジが1匹、ヒツジが2匹……」眠れないときにカウントする習慣は、英語の「Sleep（寝る・睡眠）」と「Sheep（ヒツジ）」の発音が似ていたことから始まったものだといわれている。

世界遺産であり、アユタヤで最も有名な遺跡の1つ、ワットヤイチャイモンコンの「真っ白な涅槃仏」。一見リラックスしている状態にも見えるがを表現したのではなく、「入滅（釈迦・菩薩・高僧などが死ぬこと）」の様子を表している。

仮設基地の床で眠る疲れた米海兵隊員。直ぐに起きられるように、簡易的なポンチョライナーと寝袋を使い仮眠をとっている。

物語にまつわる睡眠

グリム兄弟がドイツの伝承を集めて編集した童話集「グリム童話」発行前に、フランスのシャルル・ペローが、欧州の伝承を集めた童話集「ペロー童話集」を出した。「眠れる森の美女（La Belle au bois dormant）」は、ペロー童話集のタイトルの邦題で、グリムでは「いばら姫（Dornroschen）」というタイトルになっている。ディズニーは、原作としてペローの「眠れる森の美女」をあげている。魔女の呪いで100年間眠りについたオーロラ姫は、眠ったときが17歳だったとすれば、目覚めたときは117歳。
スペイン人のライフスタイルで有名な「シエスタ（siesta）」は、昼寝を含めた活動を一時休止する習慣。古代ローマの昼食後、午後2時から午後4時の時間帯は「第6時（hora sexta）」と呼ばれ、休憩を取ることが習慣化されていて、シエスタの語源といわれる。

ルーベンス作「アンジェリカと隠者」 (1616 年)。ウィーン美術史美術館所蔵。ルーベンスは眠りを題材とした絵画をよく描いている。眠りは眠らない者にもひと時の幸せを与えるのであろう。

ルーベンス作「 2人の眠る子供」（1612-1613）。薄目を開けて眠る姿など、なんとも眠る子供の表情をよくとらえている。

フランツ・マルク作「Sheep」(1912）。ザールラント美術館所蔵。フランツ・マルクは動物を愛し動物を描いた作品を多く残している。羊が眠る姿に加え夢の中のような作品だ。

中南米の熱帯地域に生息するノドジロナマケモノ( Bradypus variegatus )は、3本指のナマケモノの一種で、毎日15～18時間眠り、日中または夜間の短い時間だけ活動する。

登山中でも体力を回復させるため睡眠は欠かせない。雪でドームを作り仮眠をとる。風よけにもなるし意外と温かいという。

冬眠中のクマ。冬眠期間中ずっと眠っているわけではなく、時折、短時間目を覚ます。もちろん冬眠中の体の機能は低下している。

スペースシャトルの中で寝袋を使い眠る宇宙飛行士たち。宇宙飛行士たちは、国際宇宙ステーション(ISS)へのミッションSTS-120を飛行するスペースシャトルディスカバリーの乗組員である。寝袋は無重力下での睡眠を助けるように設計されており、彼らは拘束されたような状態で所定の位置に保たれている。

ヤマネの冬眠。冬眠前には多くの脂肪を蓄え、冬眠中には体温を逃がさないように丸まって眠っている。冬眠が終わるころには蓄えた脂肪もすっかり無くなり、眠る事だけでも相当な体力を要する事ががうかがえる。

映画「Dracula Year（1958）」でのワンシーン。棺の中で眠るシーンは定番である。

キリンは敵に襲われるのを防ぐため『立ったまま浅く寝る』と言われているが、樹木に体をもたれかけて休んでいるという方が正しいようだ。ただ、なかなかそのシーンにはお目にかかれない。多くはしゃがみこんで眠るようだ。

エチオピアの湖で眠るオオフラミンゴ。オオフラミンゴは、サハラ以南のアフリカ、南ヨーロッパ、南アジアで見られ、体高140cmほどの大きさになる。寝ているときに片足で立っているのは、体温が水中に逃げるのを防ぐためだと考えられている。

冬眠中のテントウムシ。テントウムシは秋から冬にかけて5～6か月間冬眠し、蓄えられた脂肪を消費して体力を維持している。捕食者から身を守るために、葉や小枝の下側に群がり冬眠している。

1850年頃の七つの大罪を描いた一連の版画から「キッチンのナマケモノ」。スキマ時間のでの眠りのようだが深い眠りとなっているようだ。犬や猫がここぞとばかりに食べ物を狙っている。

写実主義を代表するフランスの画家ギュスターヴ・クールベ（Gustave Courbet）の1844年の作品「ハンモック（hammock）」では、日常生活の中でのシエスタが描かれた。

かの川端康成も「眠れる美女」という中編小説を1961年頃発表している。作家にとっても眠りというものは良い題材になり得る。

スペインのシエスタタイム。馬車の運転手がお昼寝中。人にもよると思うが、お客が来ようとも動かぬほどシエスタは重要な習慣となっている。

映画「Flatliners」（1990年）。睡眠以上の臨死体験をテーマにした映画。睡眠状態の意識の中は誰にもわからないが非常に興味深く昔からいろいろな研究がされている。

良い睡眠のための環境づくり

睡眠には性差がある。妊娠、出産、授乳時には、ホルモン変化にともない睡眠も変わる。日本の“産後ママ”の睡眠の質は、世界でも飛び抜けて悪く、「睡眠不足」と答えた比率は、世界平均が54.7％だったのに対して、日本は78％に上った。
睡眠障害は、原因に応じて、呼吸器内科、精神科、耳鼻咽喉科、脳神経科などの診療科目が担当するのが一般的だが、診療科目をまたぐ原因も考えられることから、大病院ではそれぞれの診療科目が連携して診療を行う「睡眠医療センター」が誕生している。臨床心理士による不眠症に対する認知行動療法なども行われている。
交代勤務が不可避な職場では、体内時計とリアルな時間との"きしみ"をととのえることが求められる。たとえば病院の看護師の深夜勤務では、昼間睡眠の質の改善が重要。また国際線のCA（キャビン・アテンダント）は、時差ぼけ（jet lag）を緩和するために、機内では現地時間にあわせて過ごす。ともに太陽光や強い光を浴びることで、体内時計をリセットすることが有効とされる。

ロンドンでみられた面白いグラフィティアート。「眠らない街」？それとも「道路は寝るところではない」？ここでよく寝る人がいるのだろうか。

覚醒中 (上) および睡眠のさまざまな段階における脳波 (EEG) トレースの図。最初の段階はすべて非急速眼球運動 (NREM) 睡眠。第1段階では、人が眠りに落ちると、アルファ脳波 (第1段階のトレースのいずれかの終わり) がシータ波 (第1段階のトレースの中間) に移行する。ステージ2には、睡眠紡錘波 (中間トレースの開始点近くの束になった波) として知られる高頻度の脳活動の短いバーストと、K 複合体 (中間トレースの終わりに向かって) として知られる1秒間だけ持続する大振幅デルタ波が含まれる。ステージ3は2つの段階に分けられ、デルタ波が支配的な深い徐波睡眠である。ノンレム睡眠の後には、ほとんどの夢を見ているレム睡眠の期間 (下) が続く。睡眠のすべての段階が完了するには平均で90分かかる。

目覚めている人間の脳。起きているときの人間の脳の陽電子放出断層撮影 (PET) スキャン。色分けは、アクティブな脳領域 (赤) から非アクティブな領域 (青) までを示している。目が覚めているとき、脳は活発で、脳波活動も活発である。覚醒している脳は、夢を見ているときのレム (急速眼球運動) 睡眠の段階に似た活動を示す。

小児睡眠研究。睡眠検査の準備をしているナルコレプシーの 10 代の少年 (ポリソムノグラフィー、PSG)。頭に電極を付けて、日中と睡眠中の脳の活動、目、顔の動きを測定している。ナルコレプシーは慢性的な睡眠障害 (睡眠障害) であり、過度の眠気と不適切な時間に眠りにつくことを特徴としている。

病院での手術の合間に、外科医のラウンジで眠る疲れ果てた外科医。医者は無理にでも仮眠をとるという。人の命を守るという重要なミッションに加え、たとえ仮眠であっても眠ることは非常に大事であることを表している。

スラミン睡眠病薬の分子構造。スラミンは、アフリカ睡眠病や糸状虫症の治療に用いられる薬剤である。アフリカ睡眠病の治療で中枢神経系に関与しない治療方針で選択される薬剤であり、1916年頃開発され、世界保健機関の必須医薬品リストに掲載されている薬である。

睡眠病寄生虫(SEM画像)。寄生虫が中枢神経系に侵入すると、混乱、睡眠サイクルの乱れ、調整の低下を引き起こす。

いわゆる「スリープカプセル」（イメージイラスト）。深い眠りにつく事により、呼吸や心拍数などの生命活動の基本的なプロセスが遅くなり、寿命が延びる状態となる。

小児睡眠研究。睡眠検査（ポリソムノグラフィー、PSG）の準備をしている男の子。日中と睡眠中の脳の活動、目と顔の動きを測定するために電極が彼の頭に置かれている。

睡眠研究用のアクティグラフを装着するティーンエイジャー。これらのデバイスは手首に装着され、睡眠中に人の動きを記録して睡眠の研究を行っている。

ナポレオンの「1日に3時間しか寝ない」、ベートーヴェンの「寝る連中はどうかしている。私は死んでからタップリ眠る」。歴史上の偉人が残したショートスリープの逸話は多い。一方でアインシュタインや小柴昌俊博士は、10時間以上睡眠をととるロングスリーパーとして有名。写真はナポレオン・ボナパルト（Napoleon Bonaparte）のデスマスク。