SPECIAL FEATURE
夏目漱石は、寄稿した序文のなかで、「欧州文学の根底には、聖書とギリシア神話がある」と述べている。ギリシア神話は、数多くの西洋美術作品のモチーフに使われ、イタリアにできた街は、ギリシア語の「ネオ(neo:新)」と「ポリス(polis:都市)」をつなげた「ネオポリス(neopolis:新都市)」と呼ばれ、短縮されて「ナポリ(napoli)」となった。
アダムとイヴの物語やグリム童話でもた度々登場するリンゴは、ギリシア神話や北欧神話などの物語では、「黄金のリンゴ」として、重要なキーアイテムとなっている。ギリシア語の「黄金のリンゴ(pomo d'oro)」は、古代ギリシアでは存在が知られていなかったトマトのイタリア語「ポモドーロ(pomodoro)」にも派生した。
Category : 歴史
Date : 2022.04.20
・ギリシア神話(高津 春繁著/岩波書店)
・現代ロシア文学・文化論におけるシニシズムとナショナリズム(東京大学 垂松 亨平らの研究)
※外務省や駐日大使館が公式に表記する「ギリシャ共和国」の国名は、教科書や学術文献では「ギリシア」と表記されることが多く、本特集では教科書や学術文献を踏襲し、ギリシア表記にしました
人間の喉頭隆起(のど仏)を、西欧各国語では「アダムのリンゴ(Adam's apple)」と呼ぶ。これはアダムが禁断の果実を飲み込もうとして、引っかかったことに由来する。北欧神話では、黄金のリンゴは神の不老不死の源とされる。
神話や英雄伝説では、リンゴを原罪のメタファー(禁断の果実)とする物語が多い。旧約聖書の「創世記」で、エデンの園に住むアダムとイヴが、ヘビにそそのかされて禁じられていたリンゴを食べて、楽園から追放され寿命の定めを負う物語が礎と考えられているが、それだけ魅力的な果実だったと解釈する研究者もいる。ビートルズのアップル・レコード、スティーブ・ジョブスが設立したアップル・コンピュータなど、現在でもリンゴにまつわる物語は終わるところを知らない。
ギリシア神話は、数多くの西洋美術作品のモチーフに使われる。トロイア戦争の”引き金”と伝承される女神たちの争いを描いた「パリスの審判(The Judgement of Paris)」は、ルーカス・クラナッハ、ハンス・フォン・アーヘン、ヨアヒム・ウテワール、ペーテル・パウル・ルーベンス、エンリケ・シモネ、オーギュスト・ルノワールなど、時代や派を超えて、多くの画家の作品が残る。どの作品にも「黄金のリンゴ」が描かれる。
「パリスの審判」は、不和と争いを司る女神エリスが、海の女神テティスと人間ぺレウスの結婚式の宴席に招かれなかったことを妬み、「いちばん美しい女神に」と書かれた黄金のリンゴを投げ込んだ。黄金のリンゴを誰が受け取るかを巡って、神々の女王ヘーラー、知恵の女神アテーナー、愛と美の女神アプロディーテの3人の女神が争いを起こし、ゼウスの命令でフリュギアのイデ山に住むパリスという男に裁定を委ね、パリスはアフロディーテを選んだ。このことが発端となり、トロイア戦争につながったという物語が伝承される。女神たちの自尊心争いに人間が巻きこまれたという物語ともとれる。現在でもリンゴの花言葉は「preference(選択、優先)」。
「シニシズム(cynicism)」は、あらゆる物事を冷笑的にながめる見方や態度を指し、古代ギリシア哲学者「シナックス(Cynics)」に由来する。現代のシニシズムは、いわゆる「ネガティブ思考」を指し、SNSで「何でも否定する人」の源流とみる学者も多い。一方で古代のシニシズム(キュニコス派)は、美徳こそ幸福に唯一必要なものと考え、ポジティブと捉えられ、シニシズムは2種類に分類される。
東京大学の垂松亨平氏らの研究(2013年~2016年)によれば、後期ソ連では、メディア上の表現と現実との乖離が広く意識されつつも、公の場においては、公式的表象の正しさをあたかも信じているかのように振る舞いつづけるというシニシズムが蔓延したといわれる。また、ロシアの文化論の特徴は、欧米や権力との対立という古い「大きな物語」を復興し、シニシズムに抵抗しようとする努力の執拗さであるという。
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