古代オリエントのソリ 軽い荷物は荷車 ニベド出土のレリーフ

SPECIAL FEATURE

世界摩擦できている

乾燥した日が続いて強い風が吹き荒れると、枯れた森の木々の枝がこすれ合い、こすれた枝の摩擦が熱に変わり、炎を出して燃えだす。これが森林火災。ちょうど手のひら同士をこすり合わせると熱くなるのと同じ原理。
夏の強い太陽の日差しが、地表を照りつけると、地表付近の水分を含んだ湿った空気が膨張して軽くなり、上昇気流となって積乱雲(入道雲)を作る。積乱雲の中で水滴が重力による落下運動と、上昇気流による上昇運動を繰り返すと、水滴同士が衝突しながら摩擦される。この摩擦運動が静電気を発生させ、帯電した静電気の量が1センチあたり5,000ボルト以上の高電圧になると、空気の絶縁が破れて地表に放電する。これが「雷」で、森林に落雷すると、森林火災を発生させることがある。
海洋プレートが大陸プレートの下にもぐり込むときに発生する摩擦は、プレートを変形させ、変形によって蓄えられたひずみエネルギーが一挙に解放されると「巨大地震」となり、摩擦力はマグマも生み出す。
もしも摩擦がなかったら、山は崩れ平地になろうとし、織物の糸はほどけ、釘やボルトで締め付けて造った家屋は崩壊。動いていた電車やクルマは止まれなくなり、人は歩くことさえできなくなる。摩擦は、ふだん意識されることが少ないが、空気の存在と同じように、日常の現象のすべてに関わっており、不要な摩擦を除去できれば、GNPの数パーセントに相当するエネルギーやコスト削減につながるという試算もある。

Category : 教育

Date : 2025.02.26

参考文献

摩擦の世界(角田 和雄著/岩波書店刊)

摩擦をいかに手なずけるか

古代エジプトのレリーフには、アッシリア人がソリで石像を引きずっている様子が描かれている。このレリーフから推定重量60トンの巨大な石像を、172人の奴隷がひとり80キログラムの力で動かしたとすると、滑り摩擦係数は0.23になる、と計算した学者もいる。
たとえばピラミッドの場合、石の平均重量は2.5トンで、最大重量は16トン、ストーンヘンジの場合は、石の平均重量は30トンで、最大重量は50トン。
高さが3~4メートルの標準的なモアイ像の重量は10~20トン。アフ・トンガリキにある最大の立像「パロ」の高さは約10メートルで、重量は約75トン。ラノ・ララク採石場で発見された未完成の最大モアイ像の高さは約21メートルで、重量は約160~180トン。
実際に運搬された最大の石は「雷の石(約1,250トン)」といわれ、ロシア皇帝エカテリーナ2世が「青銅の騎士像」の台座として使用するために、約1,500トンの自然石を1,250トンに削り、フィンランド湾からサンクトペテルブルクに運搬したとされる。実際に建造物に使用された中で最も重い石はバールベック(Baalbek)のトリリトン(Trilithon)で約800トン。
ヒトは摩擦力に負けない人体構造を作り上げてきた。1日に1万回以上も動きながら、80年以上にわたって、ほとんど手入れすることなく安定して動き続ける人間の関節は、軟骨と滑液の自動調節と自動修復機能によるところが大きい。まぶたの近くには油を分泌する腺と、涙をだす涙腺が備わり、強い光、暑さ、寒さ、乾燥から眼球を守る働きを獲得した。

生活に不可欠なトライボロジー

車輪は、滑り摩擦を転がり摩擦に変えることで、重い物を楽に運べるようにし、高速移動を可能にした人類の大発明品。しかし、ソリの下に置かれた丸太(ころ)が、いつ車輪へと進化したのか、その正確な起源はいまだわかっていない。
1926年、紀元前26世紀のシュメール王国・ウルの墓から発掘された「スタンダード」と呼ばれる箱に四輪車が描かれていたことから、シュメール人が車輪を発明したとする説が有力視されるが、中国では、紀元前16世紀の殷(いん)の時代に、すでに二輪戦車が存在していたことが確認されており、紀元前36世紀のものとされる世界最古の文字の中には、ソリの下に車輪を取り付けた四輪車のような絵文字(古拙文字)も見つかっている。
一般的に、転がり摩擦は滑り摩擦よりも小さいため、車輪の発明により、同じ力でより重いものを運ぶことができ、運搬や移動の効率は飛躍的に向上した。古代メソポタミアやエジプト文明でも重い建築資材の輸送に活用され、巨大な神殿やピラミッドの建設を可能にしたと考えられている。
さらに、車輪の発明は摩擦を単に「減らす」だけでなく、「制御する」技術(トライボロジー)の発展にもつながった。車軸と軸受(ベアリング)の発明は、車輪の回転をよりスムーズにし、摩擦をさらに低減。車輪の動きを妨げないよう、石を敷き詰めた道や舗装された道が作られるようになり、馬車や荷車による交易の発展や、道路網の整備による交通インフラの向上が文明圏同士の交流を促し、文化や技術の発展を加速させた。

「車輪の発明」と「車輪の再発明」

ベアリングの開発による回転摩擦の低減は、あらゆるものの高速回転を可能にした。粉ひきや農業用水くみに活用される伝統的な風車や水車は、2から20RPM(回転/分)。風力発電用風車は、ギアで増速して利用しているため、羽の回転数は10から20RPM。新幹線の車輪の直径は約910ミリなので、円周は約2.86メートル。時速300キロで走行中は約1,750RPM、時速400キロで走行中は、約2,330RPMに達する。リニアモーターカー用モーターの回転数は、最大で約100,000RPM。
ハードディスクドライブ(HDD)の回転数は5,400から15,000RPM。旅客航空機に搭載されるターボプロップエンジンは、ガスタービンの回転数が10,000から40,000RPM、プロペラ部の回転数は、羽根回転周速度が音速を超えないように調整され800から1,500RPM。カーレース用ターボエンジンに搭載される大型ターボチャージャーの回転数は、約160,000RPM、軽自動車用の小型ターボチャージャーの回転数が、約200,000RPM。歯科医が使用する歯を削る機械(タービン)のなかには、約500,000RPMに達するものもある。
通常の摩擦とは異なり、量子力学の世界で発生する摩擦現象の「量子摩擦(Quantum Friction)」は、物体が完全な真空中にあっても摩擦が発生する。量子摩擦の実験的研究では、ナノローター(Nano Rotor)と呼ばれる微小な回転体を、中国清華大学の研究機関が、2023年に3,000億RPMで回転させ、世界最速の回転体とされる。
「車輪の再発明(reinventing the wheel)」という言葉は、既存の解決策を活用すれば時間やリソースを節約できるのに、それをせずにゼロから作り直すことで、余計なコストがかかることから「すでに解決策があるのに、再び作るのは非効率でムダ」という一般的な解釈に加え、車輪の歴史を見ると、基本的な構造を維持しながらも、例えば、木製から鉄製への変更、スポークの考案、ベアリングの導入など、その時代の課題に応じて幾度も改良されてきたことから、既存の技術や解決策を知った上で、それを改良したり、新しい用途に適用したりすることは、必ずしも悪いわけではなく、意図的に改良や革新を行うことが、技術の進歩につながるというポジティブな意味でも使われる。特にAI技術を利用した開発におけるキーワードとしても注目されている。

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