カラダの美学

SPECIAL FEATURE

プロポーションの美学
‐造形「美ボディ」の位相と変遷‐

私たちの身体は、単なる肉体の集合ではなく、動き、健康、そして自己表現の重要な媒介。特に造形芸術における女性の身体は、古代から現代に至るまで、美学的観点は常に社会的な規範とリンクし、さまざまに解釈され、文化や時代の中で多様に表現された。
古代ギリシャの彫刻や絵画で非常に精緻に描写された女性の身体は、「ヴィーナス」像に代表される調和のとれたプロポーションや均整美を象徴し、特に「黄金比」に基づく完璧な美が追求され、女性の身体は美の象徴として滑らかな曲線と柔らかさで表現された。ルネサンス期には、肉体の表現が理想化され、女性の身体も豊かさや自然の生命力を象徴するものとして描かれる。
コルセットの原型は、古代のミノア文明(紀元前2000年頃)にまで遡るが、現代のコルセットは、ルネサンス時代(15世紀~16世紀)に始まりが見られる。クジラのひげなどで作られた硬い素材で、上流階級の女性たちは、細いウエストを強調した。
19世紀初頭(ナポレオン時代)にエンパイアスタイルが流行し、一時的に自然な体型が再評価されたものの、、19世紀半ばに再びコルセットの人気が沸騰。19世紀後半のヴィクトリア朝時代には、極端に細いウエスト(41~46センチ)を作り出すサンドグラス(砂時計)型の体型が理想とされた。
「胸や腰」に美意識をもち、胸を高く上げるコルセットの着用は、日常的な呼吸動作の姿勢を変化させ、肩や胸などの筋肉の発達を促し、「なで肩」「高い位置の乳房」「胸高のデコルテ」の体型を創り出していったと考えられている。
20世紀初頭の1920年代、「フラッパーガール(flapper girl)」の登場により、女性の体型に関する美意識が劇的に変化した。女性らしい丸みが好まれるも、コルセットに頼らず自然なラインを持つスリムでボーイッシュな体型が新しい美の基準となり、造形芸術における女性の身体は、単なる美の象徴にとどまらず、社会的・文化的・政治的な変遷を反映した重要なテーマとなり、今日でも新たな解釈が行われている。

Category : 文化

Date : 2024.09.12

参考文献

彫刻家 創造への出発(飯田善國著/岩波書店刊)
美について(今道友信著/講談社刊)
「美の文明」をつくる(川勝平太著/筑摩書房刊)
戦後日本における女性身体美文化の系譜学的研究:”触発する身体”としての「八頭身」および「美容体操」の登場に着目して
18世紀フランス宮廷女性の美意識の変遷‐美しい体型と姿勢の関係‐

ミケランジェロと筋肉美が語る崇高な力と美

「美とは、余分なものを取り除くことで現れる。」これはミケランジェロの名言の一つで、彼の芸術観をよく表している。彼は人体という素材の中に潜む美を引き出すため、不要な部分を削り取るという手法を取った。代表作である「ダビデ像」「システィーナ礼拝堂の天井画」「最後の審判」「ピエタ」などでは、精緻で力強い筋肉や肉体表現が際立つ。
彫刻家が裸体の筋肉を表象する理由は、身体の美しさや力強さ、自然の造形美を追求することに深く関わり、特に古代からルネサンスに至るまでの多くの芸術家は、人体の解剖学的正確さや理想的な美を表現するために裸体の筋肉を強調した。特にギリシャの芸術では、人体の筋肉や骨格が自然の法則に従ってどのように動き、形作られるかを研究し、それを作品に反映させた。
神々や英雄がしばしば裸体で描かれ、筋肉を強調することで、神聖さや超人的な力を表現し、人間を超えた存在としての威厳や偉大さを象徴。筋肉の強さは、英雄の勇敢さや力を視覚的に表現し、彫刻を通じてその人物が持つ崇高な美徳や能力を伝える役割を果たした。

造形美における「まるみ」の変遷と象徴

造形美における「まるみ(曲線美)」は、時代や文化を反映して、その位相や価値が変遷してきた。紀元前500年頃から現代に至るまで、女性の曲線美や丸みは、繁栄、母性、健康、そして豊かさの象徴として評価され続け、現代では、まるみは単なる美の基準を超え、多様性や自己表現の象徴として広く受け入れられている。男性の皇帝や君主の肖像画でも、ふくよかな姿は、食に困らない豊かな階級に属し、力強さを持つことを示す体型として表現された。
古代ギリシャでは、彫刻は人体の美を理想化し、調和と均整のとれた女性の曲線美が強調され、女神アフロディーテを描いた「ミロのヴィーナス」は、女性らしい豊満な胸や腰の曲線が美しさの象徴とされた代表作のひとつ。古代ローマでは、ギリシャ彫刻の影響を受けつつも、より現実的な表現が見受けられ、女性の肉体美は繁栄や家族の繁栄を象徴し、女神や貴婦人を描いた彫刻が多く作られた。
19世紀の彫刻は、古典的な理想美と現実に即した写実的な表現が共存する。理想的な曲線美は引き続き尊重されたが、写実主義が台頭すると、彫刻家はより現実的な女性の姿を描くようになる。この時代には、特にエドガー・ドガなどの印象派の彫刻家が、日常生活の女性の姿を取り上げ、繊細な曲線美を表現した。また、女性の裸体が単なる理想的な美の象徴だけでなく、感情や社会的背景を反映する表現の一部として扱われるようになり、女性の身体に対する見方が変化していく。
従来の美の基準を打破しようとする動きは、現在でも活発。特に、ジェニー・サビル(Jenny Saville)は、その大胆な肉体表現で現代アートのシーンに新たな風を吹き込んでいるアーティスト。彼女の作品は、従来の美の基準に真っ向から挑戦し、女性の身体を力強く、ありのままに描写。サビルは、大きくふくよかな身体を通じて身体の「過剰さ」や「重み」を表現し、主流の美の概念に対する批判を込めた作品を展開する。彼女の描く身体は、従来の美しさの枠を超え、女性が自身の身体を主体的に取り戻すことを象徴。サビルのアートは、リアリズムと抽象表現が融合し、見る者に身体の質感や存在感を強烈に印象付け、また、セルフイメージやアイデンティティの探求を通じて深い考察を促す。

カノンとフラッパーガールの対立

レオナルド・ダ・ヴィンチが描いた「ウィトルウィウス的人体図(Vitruvian Man)」は、人体が円と正方形という幾何学的な形に完璧に収まることが示されており、科学と芸術的探究を融合させた方法で、身体の均衡や筋肉の構造、動きが美的な調和を保っているかを明らかにした研究成果「プロポーションの法則」や「人体の調和」として後世に残した。ダ・ヴィンチが追求したテーマは、カラダの美しさや機能美を考える際の基礎となっており、現代における「カラダの美学」の理念にも大きな影響を与えている。
彫刻家が身体を制作する理由は、時代や文化によって異なるものの、基本的には美の追求、象徴的な意味の表現、解剖学的探求、社会的・文化的メッセージの伝達、そして感情や内面の具現化といった目的を持っている。彫刻や絵画作品には、時には手や顔が象徴的に制作されることがあり、これらの部位は感情や行動の象徴として機能する。古代エジプトやアフリカの彫刻では、身体の一部が強調され、その文化の価値観や信念を表すものとして扱われる。
「8頭身」といえば理想的な体型の象徴として知られるが、その背景には人体の「全体と各部分との釣り合い」を重視する「プロポーション」という概念がある。西欧では古くから、体型のバランスを基に美しさを測り、多くの学者が理想的なプロポーションを研究してきた。この「カノン」と呼ばれる基準は、エジプト時代から存在し、近代でも研究が進んでいる。日本においても、体型の変化が見られ、昭和から現代にかけて頭身の変化が顕著。身体は、普遍的なテーマとして芸術家にとって強力な表現手段であり、その魅力は時代を超えて続いている。

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